新人オーケストラ楽団員は〝とにかく時間がない〟その最大の理由とは【齋藤真知亜】
練習、就労、練習、就労の日々・・・
■あやうくクビになってしまう事態に・・・
スタジオに入ったら早速、練習開始です。タイムカードはありません。たかだか100人ほどの楽団員がスタジオに集まるのですから、「いなければすぐにわかる」ということです。それに、毎朝早くから練習していれば、真剣に音楽と向き合っている姿を先輩たちに見てもらえるので、出退勤時間が記録されないからといって、重役出勤するような新人はいません。
家に帰ってからも、やることはいくつもあるのですが、中でも苦労したのが楽譜のコピーと製本です。
当時は両面コピーや製本ができるようなコピー機はなかったので、大量のコピーを持ち帰り、糊付けして貼り合わせ、表紙を付けて製本するのが日課でした。これがまた神経を使う作業で、けっこう時間がかかるのです。
学生時代は夜中まで友達と遊んだり、レコーディングでヴァイオリンを弾くアルバイトを夜通ししたりして、昼まで寝ているのが当たり前でしたから、まさに昼夜逆転です。N響への就職が決まったときも、自分がプロの一員としてやっていけるかどうかより、毎朝、早起きできるかが一番の不安だったほどです。
実は、一度だけ寝坊して、練習スタジオ最寄りの地下鉄の駅に着いたのが練習開始の5分前だったことがあります。契約楽団員の身分で遅刻はご法度であるのはいうまでもなく、「クビになるかもしれない」とおおいに焦りました。
ダッシュで駅を飛び出し、練習場までのきつい坂道を走り続け、階段を駆け上がり、楽器ケースを開けるのももどかしく、できるだけ音がしないようそっとスタジオに入ったつもりでしたが……全員がこちらを見ていました。指揮者が入ってきたと思ったのです。
その日はたまたま指揮者がちょっと遅れたためクビにならずに済みましたが、今思い出しても冷や汗ものです。以来、とにかく遅刻には気を付けるようになりました。
早出・居残りが習慣化していたこともあり、このころは友人からの夜の誘いをずいぶん断っていました。たまに飲み会に顔を出すと「おやおや、これはN響の先生」などと皮肉を言われることもありました。僕が通っていた藝大の仲間には大学院に進学した人も多く、ついこの間まで一緒にぶらぶらしていた僕が会社員のような毎日を送って忙しそうにしているのを見て、からかいたかったのだと思います。
(齋藤真知亜著『クラシック音楽を10倍楽しむ 魔境のオーケストラ入門』より本文抜粋)
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齋藤真知亜&齋藤律子のデュオ〝ニコイチヴァイオリン〟
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「主よ、人の望みの喜びよ ニコイチヴァイオリン」
Jesus bleibet meine Freude nicoichiviolin
純正律の響きを重視して音作りを行うデュオ“ニコイチヴァイオリン”のデビュー・アルバム。弦楽器ならではの純正調による音の共和の美しさは勿論のこと、オリジナルが独奏の2つのシャコンヌは福旋律を交え、奥行きを増した響きの移ろいが興味深い。